「通信文化新報」特集記事詳細
2021年1月4日 第7073号
【主な記事】経営理念に立ち返ろう
[日本郵政]増田寬也社長インタビュー
日本郵政の増田寬也社長は「ユニバーサルサービスを法律で義務付けても、この組織はその責務に耐えられるという評価は、150年にわたって先人が築いてきた郵政事業の礎があってこその信頼感が基になっている」「大いに誇るべきこと」と語る。また「新たな施策を検討・実行する際には、地域的な意義や規模感を考慮して、きめ細かく分けて考える必要がある」とする。かんぽ問題での信頼回復では「お客さまと社員の幸せ」を目指し、「社会と地域の発展への貢献」を使命とする日本郵政グループの経営理念に、改めて立ち返ることを強調する。
ユニバーサルサービスを維持
郵便局ネットワークを活用
■これまで岩手県知事、総務大臣、郵政民営化委員会委員長等を歴任されてきました。日本郵政の社長に就任され1年が経ち、日本郵政グループを外から見た印象と、実際の業務に携わった場合とは大きな相違があったのではないでしょうか。
財務情報など、数字上の経営成績を外から見ているのと、社内で直に接するのとでは大分違います。想像した以上に巨大な組織である一方で、現場で一生懸命頑張っている、暑さ寒さを厭わずに日々の仕事に従事している、そういう真面目な社員がたくさんいる企業グループなのだと改めて感じています。
■かんぽ問題によって、創業以来、長年にわたって積み重ねてきた郵政事業、郵便局への信頼を損ねました。改めてかんぽ問題について、その要因をどのように捉えられていますか。
商品の競争力を考慮せず、過度に収益重視の営業を求められれば、現場は冷静ではいられないはずです。現場で無理をしているのは、本社・支社ともに推測できたと思います。
お客さまからも、手紙をはじめとして様々な声が寄せられていますが、本社・支社の認識が十分ではなかったと言われても反論できません。お客さまの意に反して無理な営業をした社員がいただけでなく、組織の上から下まで、周りが知らなければいけなかったのに把握できていなかったということだったと思います。
■民営化となったことで、収益を上げなければならないと過度の無理をしたということはないでしょうか。
法案が可決した以上、民営化は国民の意思ですから、それは尊重しなければなりません。大きな注目を集めながら、あれほどの侃々諤々の議論があったうえで民営化が行われたので、その結果はきちんと受け止める必要があります。
民営化から暫く経って郵政民営化法が改正されましたが、与えられたスキームの中で最大限の力を尽くし、民間企業として収益を追求するのは当然といえば当然の話です。それによって郵便局ネットワークが強化できれば良いわけです。
従って、民営化議論そのものまで立ち返るのではなく、新しいテクノロジーを取り入れるなどの創意工夫を重ねながら、きちんと郵便局ネットワークを維持することを考えるのが重要であり、より良いサービスをお客さまに提供することに注力するため、知恵を出していくことが必要だと考えています。
■昨年10月から信頼回復に向けた業務運営が開始されましたが、信頼回復に向けた取組みを今後どのように展開されるのでしょうか。
ご批判を含め様々なご意見があったことも事実ですが、一昨年夏の営業自粛から約1年を経て、ようやくお客さまのところへお伺いできるようになったことは、総じて良かったと考えております。
お客さまを大きく裏切った事実は消えることはありません。今までどおりの信頼関係を回復するためには、これまでの何倍もかけて努力していかなければなりません。
「築城3年、落城3日」という言葉もあるように、信頼回復までには相当長い道のりを覚悟して、トップも現場も先を焦らずに愚直に取り組んでいくほかに道はないと思います。少しでも信頼が回復できれば良いと考えながら、お詫びをすべきところはお詫びをする、誠実に仕事をする、ということを地道に繰り返していくほかありません。
■日本郵政グループには基本となる経営理念・経営方針、さらにそれを実現するための行動憲章があります。就任されて直ぐにそれらを熟読されたとうかがっています。また、経営理念ハンドブックを作成、全社員に携帯を求められました。
これまで、問題を抱えている組織のトップを数多く経験してきましたが、組織自らが招いたことで不振に陥った際に必要なことは、原点に返ることです。改めて経営理念を見つめ、「何のために会社は存在するのか」「何のために仕事をするのか」に立ち返り、自らの行動が反していないかを都度確認することです。
グループの経営理念には、「お客さまと社員の幸せ」を目指し、「社会と地域の発展への貢献」を使命とするということが記されています。これまで欠けていた部分は、すべて経営理念に込められているはずです。書いてある内容は当たり前なことかもしれませんが、それを当たり前に出来ていなかったことが、根本的な要因です。
地域の実情に合った郵便局を
期待を担える存在
■日本郵政グループは約40万人の従業員、2万4000の郵便局ネットワーク(簡易局を含む)を擁する巨大な組織です。意識改革を進める上で最も心を配られていることはどんなことでしょうか。
これほど大きな組織になると、数人の経営層だけでマネジメントを行うのは非常に困難です。日本的な組織はピラミッド型の階層構造を形成しているのが一般的です。組織単位ごとに強いリーダーシップを発揮する者が少なからず必要となると思いますが、40万人の巨大グループであっても、より良いマネジメントの方法があるはずです。
端的に言えば、それぞれの組織・階層が部分部分で機能していく必要があります。例えば、日本郵便であれば、トップに社長がおり、それぞれの地域のトップに13人の支社長がいます。支社長が管轄地域をどれだけうまくマネジメントしているか、また、本社・支社・フロントラインの各部門の管理責任者が、意識改革や将来に向けての構想を組織の構成員とともにどれだけきちんと考えていけるかが重要です。
40万人組織を率いるためには、それぞれの組織単位に権限を付与しつつも、その責任を厳しく問いながら手分けしてマネジメントを行うことが必要だと考えています。
■郵政事業は公益性や地域性を重視して、郵便局を通じてユニバーサルサービスを提供していくことが義務付けられています。
「ユニバーサルサービスを法律で義務付けたとしても、この組織はその責務に耐えられる」という評価は、150年にわたって先人が築いてきた郵政事業の礎があってこその信頼感が基になっているのではないでしょうか。ユニバーサルサービスを提供するよう義務付けられているのは、その責務に見合った組織である証左であり、考え方によっては大いに誇るべきことです。
昨年秋の臨時国会で可決した郵便法改正による土曜休配など、ユニバーサルサービスの水準は時代によって変化する部分があるにせよ、プライドを持ってユニバーサルサービスを維持する使命を変わらずに果たしていくべきだと思います。
自分たちの工夫によって2万4000の郵便局ネットワークを維持する、それぞれの郵便局の社員が幸せを感じながら生き生きと働いていく、そうした姿が地域を明るく照らしていくわけです。民間企業とはいえ公的色彩の強い組織なので、ユニバーサルサービスを維持すると同時に、それにふさわしい仕事を担っていくべきではないでしょうか。
■郵便局ネットワークの水準は、まずは日本郵政グループの努力で維持しなければなりませんが、ユニバーサルサービスコストをどのように負担していくのかの議論もあります。
ユニバーサルサービスの維持にはコストがかかるものの、物流事業の競争力向上などによってさらに収益を上げるなど、まだまだ工夫の余地はあると思います。
一部の投資家などからは、効率性を高めるために郵便局ネットワークを縮小したらどうかという意見がありますが、リアルのネットワークは一度失うと絶対に復活しません。ネットワークを維持していくためにも、新しいテクノロジーを取り入れるなどのデジタル化が必要です。郵便・物流分野では、区分機などの既存技術の高度化がすでに見られますが、将来的にはより進化していくため、さらなる業務の効率化が図られるようになるでしょう。
デジタル化によってより多くのお客さまに手軽にご利用いただき、そこから深みのあるサービスを提供するには、最後にはやはり人の手が必要となります。
また、地域の金融機関は徐々に撤退してきておりますが、郵便局は地域の信頼を得て、例えば、行政からの事務受託を行うなど、地域を支えながら存続するというのも将来のあるべき姿のひとつです。
全国一律のユニバーサルサービスが義務付けられている一方で、新たな施策を検討・実行する際には、地域的な意義や規模感を考慮して、郵便局ごとにきめ細かく分けて考える必要があります。また、地域を統括する各支社が知恵を出して、地域内の郵便局の仕事を考えていくことが重要となります。
ただ、支社単位で始めた取り組みも、将来的にはネットワークを活かす形で全国に提供できるようにしてもらいたいと考えており、全国展開の際にいかに工夫を加えるかが決め手となるでしょう。知恵を出し合うには、指示文書を中心とした上意下達の風潮から脱却し、日々の業務が定型業務とならないよう気を付ける必要があります。
■人口減少などによって多くの自治体が消滅可能性都市となる、いわゆる「増田レポート」が衝撃を与えました。そうした将来を見据えたうえで、郵便局は地域の核となって、地方創生を担っていくことが期待されていると思われます。
郵便局がすべてを担うのはさすがに難しいですが、大きな核を担うに足る存在であることは間違いありません。あとは、行政とどのように役割分担をしていくのかが重要となります。
昨年10月に、10年ごとの大規模な国勢調査(全数調査)が実施されました。今回は、年少人口ゼロの地域がかつてないほど多く出てくるのではないでしょうか。国勢調査の結果をリアルに受け止め、行政サービスを残さなければならない地域が多くあることを踏まえて、最後にはどのような対応が取れるかを考える必要があるでしょう。
自治体によっては、行政サービスを全て担えない地域が出ることも想定されます。そのような地域では、郵便局が単独で支援するケースや、役場の支所と郵便局が仕事を分担するケースも考えられます。今回の国勢調査の結果を考察すれば、どの地域をどのように担うべきかということが、データで具体的かつ現実的に分かってくると思います。
いわゆる平成の市町村合併によって、自治体のサイズは大きくなっていますが、直近のデータでは、896だった消滅可能性都市(市町村)は更に増えているようです。今後、市町村の消滅可能性は加速する一方なので、1日の来局者数が減る郵便局もかなり出てくると思われます。地域社会を維持するという仕事は、最後に郵便局が担うことにもなるでしょう。
郵便局にユニバーサルサービスが義務付けられているのは、地域の期待を担えるだけの存在だと思われているからであり、現場の社員の皆さん方には、ぜひとも誠実な姿を見せて、地域の信頼を取り戻してほしいと思います。
民営化前は、郵便局を中心に3事業一体で取り組んでいたため、今でもゆうちょ銀行やかんぽ生命の社員も郵便局の社員だと思っているお客さまが多くいらっしゃいます。また、地方に行くと、郵便局の局長や社員が訪ねると招き入れて、お茶を勧めてくださるお宅も、いまだ珍しくないようです。これは、昔ながらの信頼関係があってのことだろうと思います。
現段階では会社としてもまだまだ工夫の余地はあるはずです。地方の郵便局でも、駅に近く収益力のある郵便局が存在する一方で、人口が減少している山間地域の局では、信頼を繋いでいることで得られるものがあります。そのあたりをどのように評価するかがマネジメント層の責務となります。国勢調査などの客観的なデータに基づき、現実を見据えながら地域社会のことを議論し、郵便局と地域社会との関係を考えていくことが大切だと思います。
■今年は郵便創業から150年の節目の年となります。改めて全国の郵便局で働いている社員の皆さんにメッセージをお願いします。
昨年10月からお客さまのところにお伺いできるようになったため、お詫びを重ねつつ、地域のお客さまに貢献することを前向きに考えていくことが今年の課題です。ポストコロナを見据え、どのようなサービスをお届けするのかを考え、少しでもより良い答えを導き出したいと考えています。
郵便局の将来的な姿としては、様々な役割があると思います。例えば、山間地域の郵便局ではコンビニ的にありとあらゆる住民の相談の窓口となっても良いでしょうし、地方都市の駅前の郵便局などでは容積率を生かしてワーキングスペースを設けるなど、東京からの移住者を受け入れるサービスがあっても良いと思います。
また、ソーラーパネルを局舎の屋根に設置したり、地中からヒートポンプでエネルギーを取り込んだり、木質バイオマスによるプラント発電を支援するなど、地域の再生可能エネルギーの拠点を目指すということも考えられます。物流機能をいかに再構築するかという課題もありますが、都市部の郵便局は不動産開発の重要なリソースになります。
いずれにしても、10~20年先にある郵便局の姿を、それぞれの地域の実情に合わせた形で示しながら、それに向けて動き出す一歩にしていければ良いと思います。5月に発表する次期中期経営計画に盛り込むのは太い柱としての記載が中心になりますが、支社単位で個別具体的な話を詳細に議論していくことも望ましいことです。また、「良い郵便局にしていこう」という、各地域の郵便局による競い合いが現出すれば喜ばしい限りです。
我々マネジメント層の責務は、現場の社員が下を向く時間を少しでも短くすることです。次期中期経営計画は、対象期間を5年間としておりますが、本年は、そのスタートの年として先を見据えた1年にしていきたいと思います。
皆さんのますますの活躍を期待しています。一緒により良いグループを創りましょう。
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