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2021年2月1日 第7077号

【主な記事】

個別メリットの提供を
[郵政事業懇談会]個客データ活用へ

 総務大臣主催の「第3回デジタル時代における郵政事業の在り方に関する懇談会」(座長:多賀谷一照・千葉大学名誉教授)が1月25日、開かれた。中川郁夫構成員(大阪大学招へい准教授、エクスモーション・フェロー)とビービット東アジア営業責任者の藤井保文さんが、プレゼンテーションを行った。個人データを個人が満足できるサービスにつなげることで成功した中国の保険会社や、アマゾンなどの事例を紹介。デジタル技術によりサービスの考え方が大きく変わろうとしている転換期を紐解き、郵政事業に対してアドバイスした。

 「企業から提供されるサービスは、モノから体験へ、匿名大衆から一人ひとりに合わせたサービスを求める「顕名(けんめい)個客」へと移行する」というのが、二人の発表者の共通認識。
 これまでは大量生産・大量取引で、匿名を対象にしていたが、デジタル化された情報がつながり、誰が、いつ、どこで、そのサービスを使っているかが分かるようになると、顧客はパーソナライズされた特別な体験に価値を見出すようになる。
 かつては、町の八百屋さんのようなフェース・ツー・フェースの顕名サービスは、小規模ながら存在した。店主は顧客一人ひとりの好みを把握して、リコメンドしたりもしていた。大量生産・大量消費に向かうと、製品やサービスは匿名・大衆化していった。
 その後、デジタル技術が進展し、膨大な情報を集めて処理できるようになると、顕名サービスが復活した。規模を大きくしても顕名顧客モデルは成り立つからだ。世界の企業価値トップ10の企業は、この顕名サービスを提供することで成功しているという。
 中川構成員は「特別な体験を提供するには、個客接点を技術により、顧客基盤につなげていくことが重要。個人からデータを集めるには、それが個人にどのようにメリットがあるのかを明示する必要がある」とした。
 その上で「日本は匿名データを集めて第三者に売る。買った会社は商品開発に生かす、といった企業目線での活用が中心だが、これは市場全体をネガティブにしてしまう。情報提供が個人の価値に還元されれば、ポジティブな提供につながる。ベネフィットを明示しないとデータ活用は広がらない」と強調する。データ提供者へのポイント付与は、補償にしか過ぎない。
 中川構成員は「郵政事業の次を考えるヒント」として、郵便事業では「現在の郵便は住所をベースにしてサービスを提供しているが、DX時代の顕名サービスでは、個客情報に基づいたパーソナライズされたサービスが鍵となる。おじいちゃんが孫に入学祝いや進学祝いを贈る。企業が顧客にDMや機関誌などを送るなど、誰から誰に何を送ったかが分かれば、情報が紐づく。配達が新たな意味を持つことになる」と言う。
 保険事業については「保険は確率と統計に基づくリスク分析により、保険が組み立てられていたが、一人ひとりの情報接点により、健康や医療などのライフサポートサービスに変わっていく。医療もその時の数値や診断でしか判断できなかったのが、生活での兆候が参照できるようになった。健康は個人の責任だったが、顕名サービスにより、生命保険のサポートを加えることができる」と新たなサービスへの可能性を示唆する。
 地方創生を研究する西成典久構成員(香川大学経済学部観光・地域振興コース教授)は「地方の農村を考えた時、売れ残った農産物や量が少なく流通に乗らない農産品など、市場では価値のないものをDXにより、価値を生み出すことができるのか」と質問。
 中川構成員は「地方の方は人手がいるので個客接点は作りやすい。都会は匿名での効率化や規模を求めている。日本郵便は人がたくさんいて、個客接点を作る時は大きな強みになる」と答えた。
 「アフターデジタル」(2019年3月)の著者でもある藤井さんは「中国ではアリババができたことにより、農村部の人たちもECで人とつながり、物を売りやすくなった。農家や小さな店でも携帯があれば、アリペイでの支払い、管理、広告掲載ができ、田舎がデジタル化した」と例を紹介。
 藤井さんはデータを活用することで個客接点を増やし、売り上げを伸ばしている中国の事例として「平安保険」を挙げた。同社は、1988年に深圳市で設立された会社だが、今や中国で私企業としては時価総額トップ3に入るまでに成長した。中国での生命保険シェアでも第2位。
 保険事業は、顧客との接点が少ないビジネス。契約時と保険金の支払い時しか接点がない場合もある。平安保険は、個客接点を増やすため、医師の無料診断や病院の予約、歩いて貯まるポイントの保険関連の3つのサービスを提供している。
 中国は受診が難しく、安心できる有名な病院は整理券が配られ、場合によっては7日待ちの状況。無料で診断してくれて、診療科のある家の近くの病院の予約までしてくれるアプリは、ユーザーの評価も高い。歩くだけで貯まるポイントはその日夜の12時までに換金しなければ消滅する仕組みで、利用者にアプリを開いてもらえる。そこに健康情報や景品交換情報なども送られてくる。
 これらの無料で使える便利なアプリから得られる行動データにより、「がんにかかった」「子供がケガをした」など、その人に今何が起きているかが詳細に分かる。これらを活用し快適なタイミングで支援する。支援は病院の送り迎えや病院に行っている間の子供の面倒を見るなどがあり、至れり尽くせりのサービスの提供も可能になる。
 保険への関心が高まっている人にピンポイントで営業ができ、営業効率が上がる。個客にも喜ばれ、企業のロイヤリティも上がる。藤井さんの調査では「平安保険が好き」と答える人も多かった。
 事業としては、無料診断やポイントサービスは赤字だが、信用を獲得しつつ契約する新規顧客が効率良く得られ、保険事業は黒字となっている。中国独特の社会事情もあり、これらのサービスは日本にはそのまま当てはまるとはいえないが、データ活用による個客接点の成功例といえる。
 藤井さんは中国人の個人情報の提供について「コロナや災害はみんなで提供した方が、社会にとって良いと思っているが、企業に見られるのは怖いと思っている。個人の顔データが無断で企業に所有され、SNSで大炎上したことがあった。データの利活用は信頼関係の下に利活用のベネフィットを個人に返すことが必要」と言う。
 「あらゆる行動データがデジタル化され個人のIDに紐づく。行動データの利活用が企業の生死にかかわる。オンライン前提で考えなければいけない時代」と提案する。
 行動データにより、その人にとって、快適なコンテンツやサービスを快適なタイミングで、関係性に合ったコミュニケーション方法で提供できるようになる。藤井さんはDX時代のビジネスについて「個客にとってどれだけ価値があるかが問われることになる」と話す。
 DX時代の郵便局については「圧倒的に数があり、顧客接点を持っている。ただ、『いつでもどこでも』という点では、モバイルに勝てなくなってしまっている。サービスを提供する様々なプレイヤーもいる。環境変化を捉え、どのような価値が提供できるかだ」と、今後のサービス展開に期待を寄せる。

ビジネス化の加速 WG設置して検討

 同懇談会では「データ活用ワーキンググループ」(谷川史郎主査)と「コンプライアンスワーキンググループ」(根本直子主査)の下部組織を設置した。データ活用WGでは日本郵政グループや、郵便局が保有する膨大なデータを活用した新たなビジネスモデルの具体的なイメージを描き、それを支援し、ビジネス化を加速させるために必要な方策を検討する。
 コンプライアンスWGは日本郵政グループのコンプライアンスや、グループガバナンスの強化を図るため、監督指針を策定する。
 両ワーキンググループは2月から4月まで開催され、5月には成果をまとめる。日本郵政と日本郵便は両WGにオブザーバーとして参加する。


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