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2025年06月02日 第7303号

【主な記事】

吉田健一鹿児島大学総合教育機構准教授 郵政民営化の本質は
米国金融業界の意向
保険市場の開放を求める


 郵政民営化法成立からまもなく20年。当時メディアや言論人は郵政民営化についてどのような主張を展開していたのだろうか。鹿児島大学総合教育機構の吉田健一准教授は、政治学の立場から郵政民営化の政治プロセスの研究を進め、民営化に反対した綿貫民輔元衆議院議長に聞き取りを行うとともに、2005年前後の小泉政権をめぐる論壇の主張を研究してきた。当時、民営化反対論が国民に浸透しなかったのはなぜなのか。現在自民党が進めている郵政関連法改正をめぐる報道をどう評価すべきなのか。吉田准教授に聞いた。
 
■小泉純一郎政権は2004年9月に郵政民営化の基本方針を閣議決定、民営化関連法案が2005年7月5日に衆議院で可決されました。しかし、法案は8月8日に参議院で否決され、小泉総理は衆議院解散に踏み切りました。小泉総理は法案に反対した議員を公認せず、対立候補を擁立しました。選挙の結果、自公で3分の2の議席を獲得、関連法案は成立しました。それからちょうど20年が経ちます。民営化の本質は何だったとお考えでしょうか。
 私は2010年4月13日に、綿貫民輔元衆議院議長にインタビューしました。郵政民営化は「官から民へ」「官僚の無駄遣いをなくす」など耳障りのいいスローガンで語られましたが、私は綿貫氏へのインタビューなどを通じて、郵政民営化はアメリカの意向に沿って進められたと確信しました。
 アメリカ政府は日本政府に対する年次改革要望書で繰り返し郵政民営化を求めていました。ブッシュ大統領は、2004年の9月21日に行われた小泉総理との日米首脳会談で「郵政民営化の進展はどうなっていますか」と発言しています。
 郵政民営化はアメリカの金融業界の意向に沿ったものだと考えています。綿貫氏は、「アメリカは120兆円の簡易保険に目をつけていた」と述べています。綿貫氏によると、当時政調会長を務めていた与謝野馨氏のもとには、アメリカの保険会社の会長が陳情に訪れ、日本の保険市場を開放するよう求めていたとのことです。
 中曽根康弘政権が進めた国鉄分割民営化などは「日本発」の民営化だったと思いますが、郵政民営化は「アメリカ発」の民営化だったと考えています。
 民営化当時、国民は郵政事業に満足し、郵政を民営化しなければいけないなどという世論はほとんどなかったのです。
■小泉総理が衆議院を解散した翌日の2005年8月9日、フィナンシャル・タイムズは「日本はアメリカに3兆ドルをプレゼント」と題する記事を載せました。また、民主党の五十嵐文彦衆議院議員(当時)は2005年6月3日に開かれた衆議院の「郵政民営化に関する特別委員会」で「ブッシュさんの支援団体の一つは向こうの生命保険団体だ」と述べています。
 これは、アメリカが簡易保険に目をつけていたとの綿貫氏の発言を裏付けるものだと思います。
 アメリカの利益代表は、首相官邸に対しても自分たちに有利な政策を献策していたようです。小泉政権が郵政民営化の基本方針を閣議決定する前の2004年1月に開催された「官邸経済政策コンファレンス」では、第1部の基開講演を竹中平蔵氏が務め、第2部ではコロンビア大学教授(前米国CEA委員長)のグレン・ハバード氏が基調講演を行っています。コンファレンスの出席者リストには、モルガン・スタンレー証券会社のロバート・フェルドマン氏の名前も載っています。
 確かに、小泉氏は総理に就く前から郵政民営化を主張していました。旧福田派の流れを汲み、自身は大蔵族であった小泉氏は1992年に宮澤内閣で郵政大臣に就任し、郵政の改革を目指しましたが、郵政官僚、郵政族に阻まれています。そのため、首相に就いた小泉氏が郵政民営化を目指したことは自然な流れではあります。
 しかし、綿貫氏は、郵政民営化を積極的に主張し、小泉氏にその政策を推進するように進言したのは竹中平蔵氏だったと語っています。綿貫氏は「官邸に一匹、悪い狐が舞い込んだ。まず総理大臣を、小泉をダマクラかして、それから小泉総理大臣を虎に仕立てて、今度は狐がその虎の威を借りて、コンコンと騙し歩いた」とも表現しています。(2面につづく)
 
【吉田健一氏略歴】1973年京都市生まれ。現在、鹿児島大学総合教育機構准教授。専門は政治学。著書に『「政治改革」の研究』(法律文化社)、『立憲民主党を問う』(花伝社)、『55年体制の実相と政治改革以降』(同)など。


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